前画面はブラウザの「戻る」ボタン
PROTO BBS |
投稿者:店主 投稿日:06.8.13 19:17:19
ところで、水平対向エンジンと言えばクルマ好きなら、スバル、ポルシェ911と来るでしょう。他にもアルファスッドとかシトロエンGSとかフェラーリとか探せば色々出て来る。しかし国内ではスバル1000より早く、トヨタパブリカ700が空冷2気筒でデビューしていた。28馬力と非力に思えるが、車両重量580Kg。現在の軽自動車に比べると300Kg以上軽い。後に800cc45馬力になって、あのトヨタ2000GTの原型となったトヨタスポーツ800(ヨタハチ)が誕生した。ヨタハチは更なる軽量化の為、ボンネットとトランクにはアルミが使われていた。そこでだっ! 水平対向エンジンと、軽量モノコックボディの小型車、、、!?。私は長い間引っかかっていた疑問がそこにあった。航空機の技術が何故トヨタにあったのか? 飛行機屋といえば、三菱重工、中島飛行機(富士重工)、立川飛行機(プリンス)、川崎重工となる訳だが、実は立川飛行機から大変な人物がトヨタに在籍していたのでした。高高度戦闘機キ94の設計者、長谷川龍雄氏その人である。キ94はB29迎撃の為に開発された戦闘機であったが、時すでに遅しで、キ94-II型のテスト飛行直前に終戦となった。当時、高高度戦闘機は中島飛行機が開発に当っていたので、海軍参謀は中島の下請け的存在の立川飛行機には期待を寄せなかった。ところが、一万メートル上空で飛来するB29を迎撃するのは技術的に難題が多く、中島飛行機も頭を痛めていた。そんな最中、長谷川氏のキ94の斬新なアイディアが際立った。排気タービンエンジンの液体酸素仕様、タービンの熱利用でキャノピーの曇り止めと暖房、コックピット内の気圧を三千メートルに維持、各所防弾、20ミリ機関砲2門、30ミリ機関砲2門と、キ94はB29を一機で撃墜出来る戦闘機として十分なスペックを可能にしていた。敗戦後、進駐軍によって残された戦闘機は火を放され焼却されたが、キ94-II型試作機は、立川からトレーラーに積まれてアメリカに持ち帰られた。長谷川氏が手掛けたトヨタ車、パブリカ、トヨタスポーツ800、初代カローラ、初代セリカと、今尚オールドタイマーファンの心揺さぶる個性派ばかりだ。
投稿者パスワード | |
管理者パスワード |